敬天新聞九月社主の独り言(ほろ苦)
▼日大アメリカンフットボール前監督の篠竹幹夫氏が亡くなったそうだ。偉大な人だった。立派な著書も数多くあるが、妄想癖もある人だった。私が篠竹監督を紹介されたのは今から二十五年も前だった。紹介して頂いたのは新宿の顔と言われた故加納貢会長だった。
shinotake
篠竹監督の年代の人達の憧れこそ渋谷の安藤、新宿の加納だったそうだ。どういう理由か知らないが、安藤組の大幹部だった須崎さんや森田先生、吉岡さんという人達が加納会長の傍に居て、私もその端くれとして加納会長の傍に居た。
 ある日、篠竹監督が加納会長のところにフットボール部のことで相談に来た。
「父兄に悪いのが居るのでやっつけて欲しい。そいつの弟が国士舘で、OBは全員そいつの子分らしい」という。加納会長は笑って聞いていたが、私は「そんなことはありませんよ。私はその人の名前は知らないし、少なくとも私は子分じゃありませんから。OBは全員というのは間違いです」と答えた。加納会長から「お前が暫く付いてやれよ」といわれたのが縁で次の日から毎日グランドに行くことになった。練習が終わってからも食事も一緒、寮まで行って帰るのは深夜二、三時だった。
 毎日、敵対しているという父兄の話を聞かされた。その弟は子分が一万人いるだけでなく、自衛隊にも顔が利き、グランドに戦車で乗り付けるかもしれない、というし、場合によっちゃ、爆撃機に乗ってきて、空から攻めてくることもありうる、という。私が「そんな馬鹿な」と笑うとムキになって、学生のマネージャーを呼んで「あいつの実力を証明してやれ」と命令し、どういう教育を受けているのか、その学生もまた「あの人なら戦車に乗ってくる」というのである。毎日、毎日、今日来る、明日来ると聞かされるものだから、戦車や爆撃機はともかく、実際何人か引き連れて乗り込んでくるのは事実だろうなぁー、と思い、寮に日本刀を持ち込んだり、グランドの中の監督と二人だけ解る場所に鉄パイプを埋めたり、戦闘準備を整えてから、悪い父兄を訪ねた。
 ところがその人は「何のことですか、全く思い当たることはありません。子供がお世話になっている父兄の立場で監督に刃向かうなんてとんでもありません。何かの間違いではありませんか」と言う。それじゃ何故、一万人の子分や戦車や爆撃機の話になったのか尋ねると、そんな話は一切したことがないという。よくよく尋ねると、監督があんまり何をやっても自分が一番強いと言うので、その父兄が「相撲だったらうちの弟の方が強いですよ。うちの弟は国士舘でレスリングをやっていたから」と言っただけだったそうだ。国士舘のOBは自衛隊、警察、右翼、ヤクザが多い、という篠竹監督の連想ゲームだった。私が報告に行くと「お前は騙されている」といってなかなか信用してくれなかった。仕方がないので、その父兄にグランドに来ないように話をして理解してもらったものだ。
 相撲の話でも一悶着あった。小錦が全盛で強かった頃、学生チャンピオン出身の服部が何度やっても勝てない時があった。寮で監督と二人で談笑していた時、どこかのスポーツ新聞の記者から「服部は何で小錦に勝てないのか」という質問の電話があった。「そりゃスピードが違うよ。小錦は学生の頃、アメフトのディフェンスをやっていたから、服部のスピードなんか簡単に受けるよ。うちの田中(英壽監督)なんか学生チャンピオン当時から今に至るまで僕に一度も勝ったことないよ」と平気で言ってのける人だった。このことはそのまま記事になったらしく相撲関係者から田中英壽監督に問い合わせがあって、「先輩まずいですよ」と田中監督から篠竹監督にクレームが付いたらしいが、相変わらずグランドでは意にも介せず「本当だから仕方がないよ。今でも本気でやったら俺の方が強いと思うよ」と涼しい顔で言う人だった。ここで「冗談でしょう」と言おうものなら、その人は一時間ぐらい口撃の対象になることを皆知っていたから「大人」は黙って頷くだけだったのだ。
 文理学部ではとにかく力があった。野球とアメフトといえば、日本では比べ物にならない程、野球が格上にある筈なのに、日大ではアメフトの方が断然上だった。当時は関東ではダントツに強かったこともあろうが、篠竹監督の手腕によるところが大きい。隣同士のグランドなのに、野球には夜間照明が点いていない。雨が降れば水浸しになる野球練習場に比べてアメフトグランドはグランドを掘り起こして水捌けが良いように大きな石を入れてある。また全グランドをカバーできるスプリンクラーがアメフト場にだけ付いている。これでも他クラブは一切文句を言えない。それどころか入学シーズンになると、スポーツ推薦枠の人数をアメフト枠の中に入れてもらいにお願いにやってくるのだ。
 入学シーズンの面白い逸話がある。妻倉学部長の所にアメフト枠をお願いに行くのであるが、私と二人で作戦を立てる。「妻倉学部長は碁が好きだから、碁を打って、先ず負けて学部長が気分を良くしたところで人数を切り出す。贈り物は貰い慣れているので珍しい物がいい」と言うことで赤坂の東南アジア品の売っている雑貨屋に行った。そこで監督が選んだ物は一万五千円の虎の爪(本物かどうかわからない)のペンダントだった。それを妻倉先生に渡す時、「これは五十万円する貴重な物で、そんじょそこらでは手に入らないもの」と言って渡し、「大人」の妻倉先生は一応喜んで見せた。それから予定通り碁が始まった。布石は予定通りだったのだが、篠竹監督が計画を忘れ、段々ムキになりだし、妻倉先生の置く石の隣に石を置きだした。所謂、懲役碁である。妻倉学部長が段々イライラしてくるのがわかる。私がしきりにセキ払いをするのだが、篠竹監督は相手石を取る度、ヤジを飛ばしたり、大喜びするものだから、余計に妻倉先生がカッカしてくる。そして結局、篠竹監督が勝ったのである。そしてもう一回やろう、もう一回やろうと懇願する妻倉先生に対して「もうやらない、ああ気分いい」と言って帰ってきたのである。何しに行ったのかわからない深夜の学部長訪問であったが、それでもしっかりその年の入学はクリアしたのであるから、その実力の程は凄いの一語だったのだ。
 文理にはオリンピックの金メダリストや富士山の飛び魚まで居たが篠竹監督に正面から物の言える人はいなかった。それは持って生れた気性の強さと少年のような純粋さ、そして何よりも金脈作りの優秀さではなかったか。それ程無敵の監督だったが、ただ一人だけ一度も悪口を言ったことがない人がいた。それが森山憲一先生だった。
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