最後の大物総会屋
最後の大物総会屋

朝日新聞に珍しい記事が載った。今から40年近く前の話である。最後の大物総会屋と敬称された小川薫さんが、総会屋をスタートした場所が新橋だったそうである。小川さんは博打好きで、広島で博打で身を崩し、追われて東京にやってきて、総会屋稼業で花を咲かせた人だったそうである。

既存の顔役が仕切っていた総会場のセレモニーを、広島グループという、「数で圧倒して、総会を制圧する」スタイルを確立した人である。全盛期の小川薫さんの収入は年間10億は下らなかったろう。あの一世を風靡したピンクレディーの生みの親でもある。

私は全盛の頃の小川薫さんは、敵対する側にいたのでよくは知らない。しかし、その対抗軸の高田光司さんの所にさえ、当時の山口組直参組長が訪ねて来るのを何度か見たぐらいだから、小川さんの実力たるや相当なものだったことは伺い知れる。

高田光司さんは韓国籍だったので、後ろ盾は東声会のジョーカミロさんだった。当時はもう引退されていたが、二代目柳川組の谷川康太郎氏と親しかった。私の左手首に今も疵として残っているが、谷川氏が高田光司氏を「肝臓の悪い邪気を吸い出す治療」ということで、名医の所に連れて行くという旅に同行することになった。飛行機で長崎に飛んだ。それからタクシーに乗ったのだが、何と着いた所が私の故郷の隣町の北有馬という所だった。

手首に3センチぐらいの竹筒のようなものを立て、そこに何か液を垂らし、1週間ぐらい包帯で縛っておく。1週間後に包帯を外すと、水膨れが出来ていて、針で穴を開けると、黄色い汁が出てきて、それが「内臓に貯まった悪い邪汁」という話だった。私自身は当時、25歳ぐらいだから、まだ糖尿だ肝臓だという状況ではなかったから、本当かどうかはわからない。しかし、谷川氏も高田氏も、信じていたようだ。その日は島原のホテルに泊まったが、5,6人の連れで100万ぐらいの散財だった。

朝日新聞の記事は、新橋今昔物語と言うことで、小川薫さんに焦点を当ててあるので、高田氏との思いで記事は後日にする。小川さんが広島から東京に出てきて、総会屋デビューするのが26歳だったと書いてある。総会屋全盛を謳歌している小川薫さんを襲撃した時の私が、奇しくも26歳だったらしい。その時小川さんをガードしてたのが、プロレスラーのユセフトルコさんや空手の師範とかだった。

小川さんは39歳だった。考えてみれば、39歳で日本中の総会を仕切り、企業を震え上がらせるのであるから、すごいの一語に尽きる。私は今の仕事をするようになって、小川さんと仲直りしたのだが、小川さんは私の街宣車の上に立って新橋駅頭で演説したこともある。今思えば、小川さんのピークは30代後半から40代前半までだったろう。

しかし、企業関係者にとっては、知名度は抜群で、全国津々浦々まで知られていた。その知名度を逆利用したのは、当局だった。6月の総会シーズンになれば、どうでもいいようなネタで、必ず「逮捕される役 」が小川薫さんだった。晩年の小川さんは、詐欺話にも飛びつくような状況で、ピエロにも見えた。

もう総会屋と呼ばれる者たちは実質的にはいない。誰からも歓迎されない絶滅危惧種になってしまった。わずかに生き残り、「元気はつらつ」を演じているのは、虎ちゃん(竹ノ内昌虎氏)たちだけらしい。ところが、当局からは引っ張りだこで、「今年の総会は何処に出るのか?」とか、「できればうちの管内に出て貰えんか」という話も来るのだと言う。

本当は程々の総会屋も必要なのである。一定の批判勢力がなければ、健全な運営は難しい。総会屋に代わって企業経営をガードしているのは、警察OBと一部の弁護士であるが、彼らは外からの攻撃に関しては一定の効力を発揮するが、内部の不正に対しては、全くの無力である。所詮は雇われてる立場であるから、意見は言えないのである。

世の中は振り子現象の行ったり来たりだから、度が過ぎれば、また昔に戻ろうとする。歴史はその繰り返しなのである。小川薫さんもその歴史の一分野の1ページだったのである。


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日大アメフト篠竹監督と私
日大アメフト篠竹監督と私
ワンス・アポン・ア・タイム5

 

篠竹監督との関係は過去にも記事にしたことは何度かあったが、「百聞は一見にしかず 」と写真掲載にした次第である。


篠竹監督は日大でも特別有名な名物監督でもあったが、横浜でも有名人だった。週に一度は横浜中華街で食事をするような人で、横浜をこよなく愛した人だった。


私が知り合った頃の監督は、歌はシャンソンしか歌わなかった。決して上手いというような歌唱力ではなかったが、本人はプロ歌手よりうまいという自負があったようだ。かなり強烈な思い込みのある人で、お付きの監督専用マネージャーは大変だった。


例えば、「この前、その窓から女の顔が見えた」と監督が言うので、「そんなことはないでしょう。此処は二階ですよ(監督室は二階にあった)。何かの錯覚でしょう」というと、「おっ、俺を信じないな。」と言って、直ぐマネージャーを呼び、「おいっ、昨日女が、その窓から見えた時の状況を話してやれ」という。そうすると、その場で、いかにも見たような話を、身振り手振りを交えて話をするのである。


話が下手だったら鉄拳が飛ぶ。こちらも状況を深読みし、納得した振りをすると、満足して喜ぶ人だった。最初は状況を理解できないから、「あり得ない」を連発していたので、その度に「お前の説明が下手だから白倉が理解出来ないんだよ。次の奴に代われ」と鉄拳が飛んでいた。


今思えば「嘘を呑み込めない」性格のために、マネージャーに迷惑をかけてしまった。謹んでお詫び申し上げたい。あれだけの厳しい教育を受けてたから、今頃は立派な社会人になってることだろう。もう50歳前後になっているのではないか。今だったら、あり得ない教育ではあったが、厳しい犠牲的精神、協同精神、奉仕的精神を強制することで、日本一を続けた監督さんだった。著書に「雄の時代」というのがある。しかし、今の軟弱になった時代を見ずに亡くなられたのが、せめてもの幸せだったかもしれない。合掌。
 

大阪遠征の時は、練習中亡くなった選手が眠っているという墓前に、必ず監督は訪れていた。


 

大阪出身の日大フェニックスOBの面々。



 

甲子園ボールの始まる前の余裕な一コマ。





私も一応、日大フェニックス関係者としてのリボンを付けてグランド入りしていた。
日大アメフト篠竹監督と私い塙饂隆
日大アメフト篠竹監督と私と国士舘
ワンス・アポン・ア・タイム4


私が国士舘空手道部の後援会を作った時の発足記念パーティーのワンスアポンナタイムである。

当時の国士舘の空手部は一流と呼ぶにはまだ程遠かった。拓大、日大が学生空手界をリードしていた。

その証拠にまだ、クラブとして専用の道場さえ持っていなかった。その頃は、国士舘の主流武道であった剣道の道場を、剣道の練習が終わってから借りていたのである。

早い時間は外で練習していた。泉監督支援とその環境を変えるために、篠竹監督に一肌脱いで貰い、後援会を作って国士舘大学にアピールしたのである。結果は大成功であった。その年に山本コーチが世界チャンピオンになったし、横道コーチも団体戦のメンバーに選ばれた。

また念願の道場も、実力以上のものを作ってもらった。パーティーの来賓者は国士館の先生方より、日大の先生方、関係者の方が多かったのである。スポーツとしての実績で、当時は国士舘が日大に勝るものは剣道以外にはなく、日大からの来賓を見て、国士舘の先生方も一目置いて下さるようになった。

そういう意味では篠竹監督の裏方支援がなければ、国士舘空手道部後援会発足は有り得なかったのである。

 
右から大石師範、泉賢司監督、山本コーチ。中央万歳三唱は剣道部監督で空手部部長を兼任されていた範士八段の矢野先生。

 

指導者の皆さんに記念品と世界チャンピオンになった山本コーチに金一封を贈呈する。



左は世界選手権で三連覇を達成された、駒沢大学空手部監督で国士舘の師範もされていた大石武士先生。右は九州建設業界の雄である佐賀上滝の会長秘書をしていた中山さん。拓大空手部監督、津山先生の先輩にあたる。(こういうのを「紹介した」と言います)


 
左から妻倉文理学部長、剛柔流空手家香川先生、篠竹監督、警備会社の梅村会長。


 
左後方に現国士舘大学理事長である大沢先生、その隣に国士舘大学学長をされた朝倉先生の顔も見える。中央、奥の方には桜高校アメフト監督の山口氏、その隣が鈴木卓司コーチである。


 
中央は日大芸術学部事務局長だった応援団出身の岡氏。


 
右は防衛大学アメフト部OB会長の古閑孝弁護士



 
左が当時の国士舘大学空手道部監督の泉賢司先生、中央は国士館創設者柴田徳次郎館長の孫である柴田徳文先生、右は国士舘大学学長を歴任された朝倉先生。

 

日大フェニックス・チアリーダーが花を添えてくれた。





 
この年、世界チャンピオンになった山本英雄コーチの演武。


 
左から横道コーチ、連石コーチ、鈴木コーチ。



 
日大アメフト篠竹監督と私
日大アメフト篠竹監督と私
ワンス・アポン・ア・タイム3



河野洋平氏が自民党から離れて、親中派議員を集めて作った「新自由クラブ」のパーティーに、滝沢コーチと篠竹監督の名代として出席したワンスアポンナタイムである。

不思議なもので、単に自説を述べただけだが、昨日のような記事をアップすると、いかにもジャーナリストになったような気分になる。錯覚である。

インターネット時代になって、自サイトを持つ人が多くなった。そこで、主張する人をすべてジャーナリストと言ったら、国民の半分ぐらいがジャーナリストで溢れてしまう。或いは一度本を出したぐらいでジャーナリストというのも烏滸がましい。単に自説を述べてるに過ぎないのである。

普段は企業のあら捜しを専門としているだけなのに、ジャーナリストを自称するのも、本当はお笑い草なのである。たとえば週刊誌の中にも、ジャーナリスト的週刊誌と理解されてるのもあろうが、エロ写真やエロ記事専門雑誌と理解されてるような週刊誌があるのも事実である。

ただ、エロ雑誌の中に、ジャーナリストと呼ばれるような人が書いてる記事はある。ケースバイケースの評価である。だから、誰が書いているではなく、どんな内容が書いてあるかが大事なのである。

日本の場合、大新聞や大マスコミは政府や当局の発表を広報するだけの機関であって、疑問を持ったら独自に調査し、発表するという姿勢はない。弱小ジャーナリストは潰されてしまう。

結局、庶民は権力に翻弄されながら、生きていくしかないのである。

 
新自由クラブのパーティーに滝沢コーチ(常務理事で退職)と出かけた私。


 
中央は後日、「河野談話」で国内を二分する談話を発表した河野洋平氏。


 
政治家出身としては数少ない「貴重な体験」を実践した山口チンネン氏。


 

中央は田川誠一副代表。

 

左の外国人の人は名前を知らない。


 
握手をしているが、名前を知らない外国人

 
 
日大アメフト篠竹監督と私
日大アメフト篠竹監督と私
ワンス・アポン・ア・タイム2


 
本日の写真もまたワンスアポンナタイム、ワンシーンである。

日本大学文理学部で毎年行われる夏休み水泳実習に、おかまちゃんを連れて暑中見舞いに行った時と、浅井先生の別荘でチアリーダーの合宿を行った時のものである。

もう30年も前のことだから、今も続けられているのかどうかは知らない。

水泳実習は千葉県の岩井海岸で行われていた。因みに隣の町(富浦町だったかな?)では毎年国士館の水泳実習が行われていた。

浅井先生の近況はよく知らないが、古橋広之進先生も田辺先生も、もう鬼籍の人である。日大にはスポーツに関して言えば、当時スター教授が百花繚乱の如くいて、その殆どがが文理学部に在籍していたのである。
 
右端がフジヤマのトビウオと敬称された古橋広之進先生、中央は空手部の田辺先生(弟)。篠竹監督を囲んでいるのがおかまちゃんたちである。(↓)






チアリーダーの合宿。(↓)






下2枚・・・浅井先生の別荘にて。



日大アメフト篠竹監督と私
日大アメフト篠竹監督と私


私が本当に日大のアメリカンフットボールの篠竹監督の秘書だったのかとか、「新宿(ジュク)の顔」と言われた加納貢会長の紹介で篠竹監督の所に来たのか、という人がいたので、一応写真を掲載することにする。

私の場合、文理学部とグランド以外は出入りしてないので、知ってる人は、30年ぐらい前のアメリカンフットボール部の学生と父兄、当時のコーチ、一部の教授ぐらいしか交流はありませんでした。

当然ですが、皆さん殆どリタイアされてますね。

今大学に残っていて、当時を知ってるのは内田と文理に残った高橋ぐらいでしょうか。

あの頃の内田は弱者の気持ちがわかる、いい奴だった。

 

グランドを訪問した加納会長と私。


 

この頃はまだ来賓として訪れていた。


 

先頭は滝沢コーチ(常務理事で退職)。


 

甲子園ボール会場まで宿舎から歩く。中央は当時の戸田主将。


 

遠征にも必ず同行していた。右側後ろのグレーのセーターを着てるのが内田コーチ。その前の取り巻く三人は監督専用学生マネージャー。
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