一代で財を成す
一代で財を成す

一代で財を成すと言う、立身出世をした怪人物が色んな世界にいる。どのような人たちにも不遇な時代はある。それを乗り越えて、バネとして、財を成すのである。そういう人はやはり才能も当然ある。人脈にも恵まれてるとも言えるが、しかしそれ以上に自分から縁を作り、広げ、それをより深めていく才能に恵まれているのも事実のようである。

そして必ずと言っていいほど、力のある政治家と繋がり、税金や許認可を優先的に手に入れることで、儲けて行くのである。当然、力を注いでくれた政治家に謝礼があってしかるべきである。謝礼の範囲を超えた「戻し」という報酬もあって当然である。

またその政治家から、色んな認可や税金の増減支援拠出で骨を折ってくれた行政担当者には色んな名目で、配当が届けられることであろう。こういう繋がりで世の中は成り立っている。99%の庶民だけが、こういう社会や人脈に縁がなく生きているだけの話である。

立身出世した者を徹底的に洗えば、必ず経済事件や政治家との贈収賄に繋がるだろう。また官僚になるべく優秀な者であっても、全てがこのような関係で生きている者ばかりではないのも当然である。近畿財務局の自殺した赤城さんという方は、その不正を上司に命ぜられたことに自分の良心がついていけず、自らの命を絶った。こういう真面目な人の方が圧倒的に多いのは事実である。

しかし世の中は、現実には金儲けに長けた者と組んでお互いを利用し合った者が成功する例があまりに多いのである。だからと言って、それがすべて幸せとか、いい人生とは限らない。貧乏人の僻みかもしれないが、金が有りすぎる悩みというのもあるかもしれない。一代で財を成すような人は、行政から認可や指名を受けて仕事をしてる人たちが殆どである。たとえ商売であっても、大きくなるにしたがって、何らかの認可や指名が必要になってくる。

よく「人たらし」と言われる者がいるが、とにかく相手の懐に飛び込んで、気に入られるのである。そういう者は、外交的で動くことを全く惜しまない。休みの日であろうが、夜中であろうが、苦にもせず、嫌な顔もせず、電話一本で駆けつける。それを努力でなく本能的にできるから、相手に好まれるのである。

筆者みたいに、家に帰ったら出かけない、休みの日は出かけない、雨降りは出かけない、というスタイルで仕事をしていたら、傍まで来ている金の鳥も逃げてしまうのである。なんせ全寮制の国立府中大学に通っていた時にも、モンチッチ作りの担当の先生から「なまけもの」とあだ名されたぐらいである。

入寮から卒寮まで一貫して最下位を守った。40年前の話であるが、「雀百まで踊り忘れず」である。あれっ、こんな時に使える諺だっけ?「三つ子の魂百まで」かな?正解は「怠け者の性格死ぬまで治らず」でした。


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婆さんの底力
婆さんの底力

国に一言大きな声で言っておきたいことがある。色んな制度を決めている人達(政治家)、それらを運営している人達(官僚)、違法者を取り締まる、裁く人達(国側司法関係者)、それらに連なる公務員の人達、大手企業、大手金融機関、大手諸々など、こういう人たちは、コロナ禍においても、自分たちが食って行くぶんには、殆んど影響はないだろう。

しかしよく考えて頂きたい。このような上位にいる人たち(上級国民)は、実際の働き手(下級国民)の搾取で成り立ってることを。日本は元来、農業、漁業、土建業が基本の国である。ITだ、株だ、投資だ、というのは、動く金は大きいかもしれないが、頭(考える)だけの、勘とか、先読みとか、先端技術とか、未来を見据えた仕事である。だから「テレワーク」という話すだけで仕事ができるのである。

しかし国を末端で支えてるような人達は、テレワークなんか糞の役にも立たない。喋ってるだけで、どうして金が入ってくるんだ。現場に出て体を使って仕事をして初めて金になる。その末端の人たちこそ、この国を支えている実態であることを忘れてはいけない。キャバレーで働いてるホステスさんも、ビルの清掃をしている人も、ソープランドで働いてる人も、みなこの国を支えている大事な国民である。

見た目、きれいな仕事をしている人だけが日本を支えてるのではない。末端で働いてる人たちに楽しみや喜びや癒しを与えてる人たちだって、十分に国に貢献してる人たちである。大手企業と呼ばれてる会社だって、下請け、その下請けの現場で働いてる人たちによって支えられて成り立っている。そこからの搾取、また搾取が最終的には税金である。

生活保護を受けてる人は、税金を貰ってる人達だから安全圏の中にいるだろうが、中小企業や零細企業で働いてる人、自営業者、若者を救う政策を考えるべきである。この際高齢者には年金の継続で我慢してもらって(その代わり、年金は減らすなよ)、とにかく働き盛り年齢者から若い人たちで真面目に仕事している人たちを支援することが大事である。

爺婆は我慢強いし、もうあまり金も必要ない。精々が昼間カラオケに行って歌うぐらいか趣味のダンスか編み物ぐらいである。そして、ハンドバッグやポケットに何種類かの飴玉を忍ばせておいて、好きな友達にプレゼントするぐらいである。この際、日本中の爺婆に寄付をお願いしてみてはいかがか。

ふるさと納税みたいな返礼品を売り物にするのではなく、国の存続と愛を訴えれば必ず響くと思うよ。問題は「政府の真剣さ」である。安倍さんでは真剣さは伝わらない。「責任は私にあります」と言いながら、責任を取らないことを国民が知ってること。空気を読めない奥さんを野放しにして注意をできないどころか庇い過ぎること。今は不要不急の寛ぐ姿を国民に見せてはいけないこと等が理由である。

麻生さんもダメ。上から目線が過ぎることと、国民の気持ちがわからない人、というイメージが強すぎる。強いて言えば、菅官房長官だろうなー。あの人の弱弱しさ、実直そうな物言い、東北人特有の誠実さ、みたいなところに国民はつい惹かれるんじゃないかなー。政府は何かと国民の目を引くのはジャニーズ事務所のタレントだと思い込んでるけど、それはあくまで若者向け。金を持っているのは、爺婆。

この際、杉良太郎さんかな?あの人は自慢しないけど、若い時から東南アジアの貧しい国に学校を建てたり、寄付を続けている。日本では刑務所慰問とか、本当にボランティア精神のある人である。奥さんと別れる時も全財産を渡して再出発するという、本当に男前な人である。ケチでチンケナ男が多い中、本当に男らしい人である。

ああいう人が国民にお願いすれば、寄付も相当集まるんじゃないか。だいたい家庭で財布を握っているのは女性である。昔は流し目で世の女性を惹きつけた実績もある。その女性たちも今や婆さん。婆さんが日本の未来を左右する力を持っているのです。と思う次第ですが、いかがでしょうか?


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泣いて昨日をふり返るより『明日の詩』を唄おう
泣いて昨日をふり返るより『明日の詩』を唄おう

コロナ禍で家から出れないので食ちゃ寝、食ちゃ寝の毎日である。二か月前に大阪の府立学校の緊急合宿授業を受け規則正しい生活を送ったために、体重が5キロ減量し糖尿病の数値が下がりいい面もあったが、年甲斐もなく無理をしたので腰痛が出てしまい、通院生活を余儀なくされている。

しかし、最近は病院に行くのも怖いので、家でゴロゴロである。テレビを見てもコロナと出演者が自分たちばかりぎゃーぎゃー騒ぐばかりで、老人が見て楽しいテレビは全くない。筆者はブログを書きながら文章が浮かばなくなったら、動画で演歌を聞いたりしているのだが、最近のお気に入りは、赤穂浪士の討ち入りである。

大石内蔵助の一行が立花左近の名前を騙って江戸へ旅する途中でたまたま休んだ宿に、本物の立花左近が入ってくる。「立花左近を名乗る不届きな奴は成敗してくれる」とばかり乗りこんだ部屋に坐していたのは、身を隠して旅を続けていた大石内蔵助とその配下であることを、家紋を見て気付くのである。

大石内蔵助は潔くバレるのを覚悟していたが、本物の立花左近は「拙者の勘違いをお許し下さい」と大きな声で頭を下げ、「道中の無事をお祈りします」と本物の通行証を渡し、「無事本懐を遂げられますように祈っております」と立ち去るのである。大石内蔵助の市川歌右衛門、片や立花左近の片岡千恵蔵。お互いに何も語らず、顔の表情だけで演技するのだが、これがまたいい。涙が溢れてくるのである。

一時は韓国ドラマの時代劇にはまったが、日本の時代劇も昔のはいいねー。高倉健の網走番外地もいいねー。今はヤクザ受難時代だから、御法度だろうけど、健さんも鶴田さんも文太さんもやっぱりかっこいい。主役をやる人は、言うこともやることも筋が通っている。刑務所に行っても「あれから10年」で直ぐに帰って来れる。

日活の青春映画もいいねー。松原智恵子、吉永小百合、和泉雅子、50年前を思いだす。昔の人は親孝行で働き者で公衆道徳を守る習慣を身に着けた人たちだったから、映画を見るだけで、自然と学べるところがある。政府は自粛要請のお願いとか言わないで、「昔の日本映画を見る月間」とか言って、映画を見て公衆道徳を学ばせたらいいんじゃない?寅さんでもいいよ。

とにかく昔の映画には、今の日本人が忘れた「道徳」がある。それも無理に押し付けてない。泣き笑いしながら自然と身に付く。高齢者になったから、そう思うだけかなー。若い人の意見も聞いてみたいが、周りに若い人がいないからなー。最近は爺婆ランドも閉まってるから、爺婆の話さえ聞けやしない。杉良太郎の「すきま風」「明日の詩」もしびれるね〜。






 
人生の陽だまりと吹き溜まり
人生の陽だまりと吹き溜まり

いよいよ東京にも戒厳令が出た。早いの、遅いの、色んな意見が溢れている。日本国民として、国が決めた方針には先ず従い、その上で意見を言うことが大事である。現実には外出の自粛はもう出ていたので、そんなに変化はない。

新コロちゃんの見えない脅威で、外出禁止を余儀なくされているので、家で朝から晩まで演歌を聞いて、鬼平を見て、時々エロビデオを見ながら、記事を書いている。そして夕方5時になったら全チャンネルのテレビニュースを見ながら、芋焼酎を飲み始めるのが日課になってしまった。

爺婆の生態系観察の為に出かけていた健康ランドも、もうとっくに休館になっている。あの健康な爺婆たちは、いま何処で何をしているのであろうか?初めて経験するものは、何でも脅威である。新コロちゃんにかかるのも怖いけど、癌になるのも怖い。インフルエンザのような種類の病気だろうから、子を持つ親は怖いだろう。

だが働く親爺から見れば、新コロちゃんより、仕事が無くなること、金が入ってこなくなること、家族を養えなくなること、の方が怖い。今まで生きてきた経済流通が破壊されることの方が、怖いのである。新型コロナが蔓延しない方法を模索すると同時に、経済流通が破壊しない特効薬を打ち出すことが喫緊の課題であるが。

安倍総理と小池東京都知事と全国知事会の外出自粛要請に応えて2週間も家から出ないで、新コロちゃんが入って来たら不味いと思って窓を閉め切って居たら、家の中の空気が薄くなってきたので、思い切って郊外の健康ランド風日帰り温泉に行ってみた。

すると何と何とお客が殆どいない。貸し切り状態である。続けても赤字、閉めても赤字だろうし、先が見えれば我慢もできようが、「いつまで」が見えなければ、バタバタ閉店や倒産が相次ぐんじゃないかなー。

知り合いのTさんは、不要不急の外出禁止要望などどこ吹く風とばかりに、毎昼年季の入ったマダム(8?歳)のお酌に、講釈とダジャレで日がな一日を過ごしているらしい。そういえば、毎日仕事もしないでパチンコばかりしている人にも30万円やるの?「今月はコロナの影響で負けが込んで、生活水準が下がった」とかの理由で。

今回は理由とかつけないで、一律一人「20万円」とかにしないと、損をした差額の書類を持って行って、自己申告で、としたら、役所の判断になってしまって、トラブル続出で職員が疲弊してしまうよ。

ところで、なんでエロビデオがパソコンで只で見れるの?時々、いきなり大きな音が出て、画面が消えなくなったりするけど。世の中の無害になった爺婆が鑑賞するのは、問題ないかもしれないけど、子供が見るには毒が強すぎるだろう。

スマホででも見れるらしいけど、警察はなんでもっと厳しく対応しないのだろう。子供には見せていいものと、いけないものがある。やはり子供には、夢を持たせた方がいい。


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社主の独り言シリーズ/敬天新聞第99号平成17年8月号より抜粋
社主の独り言シリーズ

敬天新聞第99号平成17年8月号より抜粋
 
15年前に書いたバックナンバーですが、日本映画では「万引き家族」、韓国映画では「パラサイト」というような格差社会とか貧困とかいう重苦しいテーマに世界の注目が集まる現代に、「命」「家族」「幸福」「生涯」というものを考えさせる独り言です。

其の壱
▼ある山寺の和尚さんの所で生まれた野良猫の5匹の子供のうちの1匹が大怪我をしたときのエピソードである。交通事故にあったのか他の親猫に襲われたのかわからないが、後足1本を骨折したというので直ぐ動物病院に入院させたのだそうだ。
 
その時先生に「たぶん元に戻るのは難しいでしょうから、部屋猫として飼って下さい」と言われ、後足を車椅子に乗せた姿の子猫を想像しながら1匹だけ家の中に入れる理不尽さ、しかしそうしてあげなきゃ生きていけないかもしれない現実。しかし受け入れることによって自分達の生活までもが変わってしまうかもしれない現実に、悩む心優しい和尚さんの寺族。
 
私に子猫の将来を相談されたので、「傷を負ったこともその子の運命、手当て後、例え薄命になっても野良猫家族と一緒に外で暮らすことが幸せなのか、延命のため、手厚く保護されながらも家族と隔離されて家の中で暮らすことが幸せなのか。何れにしても直接触れ合ってる者が判断しないと、良い事も悪い事も全部自分達に被る事だから」と返事しておいたら、病院へ迎えに行った日、3週間の入院を経て帰ってきた子猫は、他の猫より一回り小さく、直前まで迷っていた寺族は再会した瞬間、部屋猫として飼う事を決心して帰ってきたそうだ。
 
お寺に着いて車を停めたら、猫たちが寄って来たので、親猫や兄弟猫達に面会させて一緒にミルクを飲ませようと、そっと地面に降ろしてあげた途端、兄弟猫達とじゃれ合いながら庭の植え込みの中に入って行って、どれほど待っても母親の身体からくっついて離れなかったそうだ。院長先生から「外で生活することは難しいでしょうから、部屋で飼ってあげて下さい」と言われ約束して帰ってきたものの、その子猫はみんなより小さく、片方の足が曲がったままの状態ではあるが、明るく元気な毎日を野良猫家族と一緒に過ごしているそうである。
 
どんなに貧乏でも、どんなに障害があっても、家族は本来、親子兄弟一緒に暮らすことが幸せの原点である、という事を野良猫一家に教えられた今日この頃である。
ちなみに子猫が入院していた獣医さん、「ただ預かっていただけだから」と料金を一切取らなかったそうだ。医は仁術。この世知辛い世の中にこんな奇特なお医者さんもいるのである。恐らく和尚さん一家の暖かい愛情とほのぼのとした気持が伝わったのだろう。愛は子猫を救う。


其の弐
▼昨日まで激しく鳴いていた蝉が庭先のあっちこっちで力尽きて死んでいる。元より地上に出てきた時から1週間の寿命しかないそうだから人間から見たら僅かな命となる。それでも一生懸命生きて次の代へバトンタッチする。
 
人間は蝉ほど一生懸命生きているのだろうか。殆どの人間が生活に追われ、悩み、人間関係に疲れ、ヨレヨレと生きている。時々、現実逃避することで心を癒され、明日への糧とするのである。
 
調子が良くなると驕り高ぶり、親の意見も聞こうとしない。初心も忘れてしまう。そしていずれ奈落の底へ落ちる。落ちて始めて目を覚ます。また一から出直す。いや、もう出直せない人もいる。人は80年間こういうことを繰り返しながら生きている。自然は雄大で穢れがない。100万年も生きている。そんな人間の一生も雄大な自然から見たら哀れに映る蝉の一生に見えるのだろうか。
社主の独り言シリーズ 敬天新聞第94号平成17年3月号より
社主の独り言シリーズ

敬天新聞第94号平成17年3月号より


中国の周主席を国賓で招く前に考えねばならない過去と現実がある。そんなことを思わせる社主の独り言バックナンバーです。

其の壱
▼1,000年前の中国は偉大で寛容で尊敬できる国だった。弘法大師空海や最澄が仏教を学びに行った当時の中国はアジアの中心であり、その雄大さに島国日本は憧れ、ジンギス・ハーンを夢見て蒙古を放浪することや満州浪人として生きることに憧れを持ったものである。子供の頃には、その中国の偉大さを両親からよく聞かされたものである。

しかし、いつの頃からだろうか、中国が狡猾で礼儀知らずの国に見えるようになったのは。日本から3兆円を越える開発援助資金を受けながら、靖国問題、歴史教科書問題、最近では日本の領土とハッキリしている尖閣諸島まで自国の領土と言い張るようになった。

一時アメリカに占有された沖縄の返還の時に、勿論尖閣諸島も入っていた。中国が自国だというなら、何故その時アメリカに「そこは違うよ」と主張しなかったのだ。中国にとってあんなちっぽけな島などどうでも良かったのである。

それが1970年に東シナ海の大陸棚に石油資源が埋蔵されている、ということが発表された頃から、突然「自国領土である」と発表しだした。

この時、日本が直ぐに対応していればこんな騒ぎに発展しなかった筈である。侵略・植民地戦争の汚名の呪縛から脱しきれない日本は先の大戦の話を持ちだされたら、もう何も反論できなくなるのである。

よく考えれば、過去の戦争の全てにおいて侵略戦争でない戦争が一度でもあっただろうか。勝った国は全てが正義であり、負けた国は全ての汚名を着せられるのである。まァ国も人間が動かしてる訳だから、身も心も打ちひしがれて25年ぐらいでは反論できる程の体力は回復できてないのも事実だろう。

そこを突け込んで中国はこれでもか、これでもかと金を毟り取りに来たのである。日本が戦ったのは中国の国民党軍であり、その頃毛沢東の共産党は山奥へ逃げていた。その国民党軍が日本との戦いで連戦連敗。その弱った国民党軍を倒して、今の共産党国家ができた。

その一党独裁共産党国家は国民に真実は教えない。マスコミも統制されていて自由に物が言えない。日本から3兆円も援助して貰ったことさえ国民に報告しない。

今、日本で外国人の犯罪者と言えば断トツに中国人が多い。自国が豊かで平和であるなら、何故、中国人がこうも多く命がけの密航までして日本へ仂きに来るのか、そして犯罪を行うのか、原因は貧困である。

北京や上海が一時的に経済成長をしたとしても、その何十倍もの貧困が隠れている。共産国家が経営する資本主義社会、この矛盾は必ず近いうちに崩壊する。ソ連みたいに自滅するのである。


其の弐
▼尖閣諸島「魚釣島」の灯台を国が管理することになった。さすがに中国の度重なる領海侵犯に国民の怒りが沸点に達しつつあることを政府が肌で感じてきたのだろう。中国や韓国の呪縛からやっと目覚めつつあるのである。目覚めるには充分に遅いが、それでも今は目覚めたことに拍手を送りたい。この政府に覚醒させる運動を地道に続けてきたのが、民族派政治団体、日本青年社(松尾和哉会長)である。

今から27年前、日本青年社の創設者小林楠夫会長が「このままでは中国に奪い取られてしまう。日本の領土である既成事実を作る必要がある」と立ち上がり、青年社を中心に有志を募り、無人島で港もない魚釣島に上陸し、1ヶ月も寝泊りしながら灯台を建てたのだという。神社も建て小屋を作り、毎年の保守点検をかかさず、守り続けてきた灯台である。

この灯台のおかげで遭難した外国船が助かった事実もあるし、またその裏で青年社の隊員の方が作業中に亡くなられた事実もある。27年間守るということはかくも長く大変なことなのである。

この度、日本政府がこの灯台を引き継ぐということは、創設期から関わった関係者の人達にすれば感無量ということであり、一つの集大成ではなかろうか。私はぜひ政府は日本青年社に対し、日本国として感謝状を出して頂きたいと思う。

右翼の場合一人一党というぐらい、主義主張は異なるが、今回の運動の大成功は日本国民として喜ぶべきことで、私は右翼陣営の誇りとして諸先生方に声を掛け、「日本青年社に感謝する夕べ」でも主催して慰労したい気持ちである。

日本青年社の場合、単一団体では日本最大規模の全国区であるが、小さくてもガッツのある団体はいくらでもあって、目立ちはしないが、権力や利権構造に向かって体当り敢行し、風穴を開けてる諸兄団体はいくらでもある。

尖閣諸島が日本固有の領土であることの事実は政財界(恩田将葉主幹)3月号に詳しく掲載されておりますので、ぜひ読んで頂きたい。

民から官に権利関係が移ったことで中国はより圧力を掛けてくることになるだろう。青年社の心を引き継いだ以上、少なくとも尖閣諸島問題に関しては国は毅然として中国に対して物を申すべきである。

石原都知事みたいに国の施設或いは、商業施設を建てる等として明確に日本の領土であることを世界に向け大きな声で発信すべきである。

日本青年社の皆様、関係団体の皆様、長い間本当に御苦労様でした。日本国民の1人として、心から感謝申し上げ、御礼申し上げます。
 

其の参
▼久しぶりに大雪になった(3月4日)。昨日の昼頃の時点では全く雪になる気配はなかったが、天気予報は明日は大雪になると断言していた。すごいもんだ。ピッタリ当っている。よく昔は「天気予報ほど当てにならないものはない」と言ってチャかして話をする者がいたが、予報を出す人達も神様じゃないから全て当るわけじゃない。風や雲や雨、気流みたいな物を総合して統計から発表するんだろうけど、今はそれに科学もプラスされて予報の精度が非常に高い。

よく田舎の方に行くと漁師さんや百姓のおじいさんの中に明日の天気をピタリと当てる人がいる。長年の経験と勘である。中には身体の節々が痛むから明日は雨だ、と言い当てる人もいる。人間の身体と自然との調和なのだろう。

世の中には歳を重ねてはじめて見えてくるものがある。おもしろいもので、若い時には時間が沢山あるのに、結論を急ごうとする。年を取れば時間が少なくなるのにあわてない。

また若い時には1ヶ月1年を長く感じ、たった3年も待てない。年を取れば1ヶ月1年が早く短いのに10年後、20年後を見すえ、子や孫の心配までする。ついこないだまで青年だったような気がしていたが、もう間違いなく、歳を重ねし人側にいるような気がする(私の場合腰痛、高血圧、糖尿、中性脂肪過多、金欠症のせいか)と考える人は多い筈である。

我々凡人は実年齢より10年ぐらい遅れて精神的自覚がやってくる。

私は地球が宇宙に浮いているという理論が全く理解できないし、地球上の表面が全部上を向いている、ということがいまだに理解できない(日本の反対側は逆さまになってないと絶対おかしい、と思っている)。電話で話が伝わることも、テレビが何故写るのかも、理屈は全くわからない(冷蔵庫やコタツぐらいはわかる気がする)。

石を投げれば飛ぶから、推進力があれば飛行機は飛ぶだろう、ぐらいは想像がつくが、何故かヘリコプターだけは横風さえ吹かなければ、安全に飛ぶ、と信じている。というのは子供の頃竹とんぼを作ってよく飛ばしていたからプロペラが上についていれば上の方へ飛べる(逆に付けたら下へ飛ぶ)という理屈を子供の頃、自ら作って経験したせいである。ということは、それ以来身体の成長だけで全く頭脳の成長がないということか。

よく考えて見れば基本的には子供の頃の生活が大人になっても大きく影響することが多く、親の教えをそのまま信じて育つことも多い。私が未だに信じている一つに霊柩車に出会ったら親指を隠せ、という母親の教えだった。これを守らないと家族の死に目に会えない、というのだ。もう両親はいなくなったが以来50年、私は今もこの教えを本当だと信じ、守っている。
 
 
『社主の独り言』シリーズ
『社主の独り言』シリーズ

毎月一回の「敬天新聞」もお陰様で平成八年の創刊以来、第255号を数えるに至りました。大手新聞でさえスポンサーや購読収入が落ち込み、週刊誌も嘗てない苦境にあるといわれている昨今ですから、弊紙のような手弁当のミニコミ紙などは比べようのない厳しい状況におかれています。だけど売るためだけに存在するのではなく、記事を書くことこそに意義を持っている新聞だと自負しております。

ありがたいことに、そんな弊紙を毎月楽しみにして下さっている方々がいます。特に紙面4頁に連載している「社主の独り言」は、毎月楽しく読ませていただいているとのお言葉をよく頂戴します。

そして「社主の独り言をまとめて一冊の本にしてください」というリクエストもよくあります。本当にありがたいお言葉です。

「社主の独り言」のバックナンバーは弊社ホームページでご覧いただけますが、これまで書いてきた「社主の独り言」をいつの日か一冊の本にすることを想定し、編集作業をかねて当ブログで時どき紹介していくことにしました。中には個人名や当時の糾弾対象の社名などが実名で書かれているのもありますので、差支えのないものを選んで掲載していきます。

さて「社主の独り言」のタイトルが紙面に登場したのは平成15年6月号(第75号)からです。それまでは読者からの相談に答えたり、日記や時事放談的なことを書いて掲載していました。これらはネットに掲載していません。

本日はその「社主の独り言」が誕生する前の無タイトルの記事から一説を選び紹介いたします。


【敬天新聞第75号(平成15年5月20日)より】

▼5月7日(水)新橋街宣の日、国府氏に会う用事があったので早めに新橋へ出かけたら、正統派右翼、青年思想研究会の街宣をやっていた。

弁士は当代随一の話し手と言われる近藤勢一議長。時に厳しく、時に面白く時事政治を解説、道行く人を納得させていた。近藤議長は私の大学の先輩である。この道一筋の浪人である。

その話を聞いていた一人に正気塾の若島和美副長がいた。先日の長崎県知事選に出馬したばかりだった。「落選ではあったが先代(若島征四郎初代塾長)より票が多かった」と確実にファンが増えている実感だろう。

若島氏を私に紹介したのは不二流体術二代目宗家田中光四郎先生だった。田中先生は、アメリカと戦う、というイラクへ「人間の盾」として二ヶ月間行っていた。つい先日帰ってきた、と電話があったばかりだった。

この人は本当に命を恐れない弱者の為に戦う人である。この若島氏、長崎県の五島出身で、先の弁士、近藤議長と同じ高校の同期生というから、世の中狭いものである。御二人から全くそういう話は聞いてなかった。

夕方になって私の街宣になったら、今度は正気塾の中尾征秀郎塾長代行が見えて「これから、拉致被害者を支援する『国民大集会』に行ってきます」と出掛けられた。国民運動には本当にまじめな人である。





 
触らない痴漢?目に余る世情
触らない痴漢?目に余る世情

触らない痴漢というのがあるらしい。いやらしく見つめたりすることを言うのだろうか? どこまでを「いやらしく見つめる」と言うのだろうか? 素敵な女性がいたら、つい目がいくのは、男として当然である。

中には明らかに男の目を意識したような派手な格好で電車に乗る女もいる。そんな女を見る時、「素敵だなー」と思うより、「あ〜、またバカ女がここにも一人」という思いの方が強くても、相手は「あ〜、またバカ男が一人私の魅力にうっとりして、いやらしい目で見つめている」と解釈されて、通報されてもたまらんなー。

世の中はどんどん変わっていく。最近、猫も杓子もパワハラ、セクハラと訴えて、それをマスコミが取り上げるのが流行っている。確かに勘違いおじさんは多いが、見つめただけで痴漢は行き過ぎだろう。

目のやり場に困るような恰好をしているバカ女もいるし、電車の中で股をおっぴろげて、基礎化粧から始めて、まつ毛を着けて、アイラインを引いて、頬紅をつけて、とびっくりするような変身を目の前で見せられたら、ついつい目が点になって、見入ってしまうのは男としては、当然のことである。それで「見つめる痴漢です」というのは、罪である。

最近はいい大人が「ポケモンゴー」と言うのを、周りも気にせずやってるが、昭和時代には考えられなかった光景である。大人の無責任さが妙に目立つようになった時代でもある。

特殊詐欺が増えたのも、大人の無責任さと関係あるのではないか。昔の大家族制度が壊れ、核家族になった。町の繋がり、学校の繋がり、家族の繋がりが壊れ、親と子供、先生と子供も同じ人権となって、世間も知らない子供でさえ、一人で考え一人で行動しなければなら無くなった。

親も子供のことより、自分の事しか考えない親も多くなった。自分ファースト時代である。生き方も多種多様化して、親や子の関係よりも、一人の人間としての価値観が強くなった。生き方の見かけだけは西欧的になったのである。

勿論西欧文明にも良いところは沢山ある。ただ日本は島国とは言え、地域的にはアジアの国の文化である。一応民主主義や資本主義の熟成国家は米・西欧諸国と言われている。

と言うのであれば、それらを理想として真似てる日本は、百年後、二百年後には、西洋文化を踏襲するようになるのだろうか? 西洋文化はキリスト教の教えが基本である。対して日本はインドから発生し中国から伝わって来た仏教が中心であり、日本独自の神道と言うのが基本の道徳が根付いている。

しかし、いま西洋文化の個人の自由という「我が儘」が、日本全土を席巻しつつある。権利だけを声高に要求し、一方で義務は果たさない。本来は義務と権利は表裏一体である。男社会はどこまで行っても、いつの時代でも力の対決で勝負は着く。

しかし、女の社会はどこまで行っても、いつの時代でも美の力が物言う世界なのである。だから勘違いも多くなるのであるが、常識のある女性は電車の中で化粧もしないし、股を開いてスマホに夢中にならない。況してや見つめただけで痴漢だと勘違いもしない。

自国の一大事にも拘わらず、戦う気力を失くした男も問題であるが、女の気品さ、優しさを失くした女もまた問題である。
あっという間の2月は逃げ月
あっという間の2月は逃げ月

2月は逃げ月と昔から言われ、あっと言う間に終わってしまう。今年も、もう二か月が終ろうとしている。

しかし2月には外交的には何故か重用事項が多い。北方領土の日、竹島の日、来年からは天皇誕生日も追加される。

沖縄辺野古基地埋め立て問題の県民投票も行われた。投票は三択であるが、結果は反対が多かったようである。ただ、この住民投票は県民の慰めに過ぎないところもある。

というのは、これは国と国との約束事だから、取りあえずは守らねばならない。国に抗議する話である。移転前の普天間基地は街のど真ん中に基地があって、危ないから場所換えをした話である。

日本だけで決められる話でもない。アメリカの意向もある。言いなりになってるところは見苦しいが。実際に戦争になれば、相手国が狙うのは大都会であろう。

戦争になったら沖縄だけでなく、全土にリスクはある。ただ日頃の負担は他県に比べて多いだろうから、国が責任を持って優遇してあげればいいと思う。あれもダメ、これもダメという気持ちはわかるが、現実には何処かに皺寄せや歪がでるのは仕方がない。

仕方がないでは済まされないと言われるかもしれないが、仕方がないのである。発展途上国や国民の意見も聞かない独裁政権国家で受け要れてくれる国があればいいが、地理的にも無理だろうし、アメリカが安保を解約したら、自衛隊を軍隊に格上げし、自国自衛の組織を早急に作ら無ければならなくなるだろう。本来それが当たり前のことではあるが。

他国に警備をお願いして、金儲けにうつつを抜かしていたら、いつか強盗に入られても、それを捕まえてくれるのが、他国次第になるではないか。歴史、文化、言葉、国の成り立ち、みなそれぞれに違うから、これらが一つになることは、永遠に難しかろう。

もしあるとしたら、地球が破滅するような世界共通の課題が出てくるとか、宇宙人が存在してて地球を攻めてくるとか、そうならない限り、利害の一致は見られまい。

たとえば温暖化という地球規模の対策が必要な事象が起きているにも拘わらず、リーダーである筈のアメリカ大統領さえ、自ら脱退した。目先の欲が先なのである。

最も排出量の多い大国中国も、経済発展に夢中で全く関心がない。イギリスでさえEUを合意なき脱退にするか、しないかで揺れている。経済は国を跨ぐので、難しい。こうして考えれば、国は外交で成り立っているともいえる。

日本はまだ島国だから外国人は少ないが、観光客が増え往来が多くなれば、日本に移住する人も増えて来るだろう。移住受け入れは過疎化対策にはいいかもしれないが、ヨーロッパやアメリカの移民対策をしっかり参考に学びたいものである。

一つだけ注意喚起を促しておきたいが、日本の大事な水資源である地方の山などを外国人に売買できない法律は早急に必要であろう。
モントリオール五輪メダリスト伊達治一郎君の一周忌
モントリオール五輪メダリスト伊達治一郎君の一周忌

昨日は定例の新橋街宣であったが、大学の同期で大親友であったモントリオールオリンピックのレスリング金メダリスト、伊達治一郎君の一周忌だったので、途中対退座し、一周忌に参席した。彼は友人、知人が多く、色んな所で偲ぶ会が行われたようだ。私は朝堂院大覚氏が主催する一周忌に参列した。

彼は卒業後大学に残り、レスリング部のコーチや協会のコーチなどもしたが、組織になじめず大学を辞めた。後半の人生は朝堂院氏と知り合い、「世界格闘技連盟」の会長として活動していた。

私が日大の篠竹監督の所に出入りしている頃、国士館大学と日本大学は千葉県の隣同士の海岸(岩井海岸と富浦海岸だったかな?)で水泳実習が行われていた。当時から日大は監督・コーチ陣にオリンピックのスターを揃えていたが、リーダーは何故かアメフトの篠竹監督だった。

毎年の水泳実習なので、お互い知り合いになり、先生たち同士会えば挨拶する仲だったそうである。当然、国士館の先生方も篠竹監督にも挨拶する。

ところが伊達君は篠竹監督には一切挨拶をしなかったそうである。それが篠竹監督は不満だった。篠竹監督は大相撲で横綱にまでなった輪島関やアマチュア—相撲界の大スターだった田中英寿日大理事長にさえ、「俺には全然勝てないよ」というぐらいの人だったから、当然伊達君に対しても「相撲をとったら俺の方が強い」と思っていたと思う。

ところが伊達君も当時柔道のチャンピオンだった山下選手を投げ飛ばすほど強い選手であり、気も強い男である。そう言う話が聞こえて来ていたから、尚更挨拶をしなかったそうである。それが不満で篠竹監督は私によく愚痴を零していた。私が何回か橋渡しを試みたが、伊達君は一切受け付けなかった。どちらもプライドが許さなかったのだろう。

晩年は決して楽な生活ではなかったが、男として超一流なのは間違いのない事実であった。彼の顔の広さは桁外れている。日本中の教職員や警察官を知っている。苗字から出身地を当てる才能も持っていた。臨時コーチではあったが、晩年大学に就職できたことを本当に喜んでいた。友人として大澤理事長に感謝申し上げたい。

庶民派の彼らしく、昨日は彼がよく通ってた、居酒屋さんとか、焼肉屋さんとか、色んな所で、友人や後輩たちが献杯をしてくれたそうである。人生にタラ・レバはないし、過去は帰っては来ない。今この一瞬さえ過去になってしまうのである。だからこそ残り少なくなった人生を悔いなく生きなければと教えられた一周忌であった。男・伊達物語は、これからも長く語り継がれていくことだろう。合掌。



モントリオール五輪の決勝で圧倒的な強さを見せつけた伊達君

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レスリング フリースタイル 74kg 決勝
伊達治一郎 対 マンスル・バーゼガール 戦
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